東京高等裁判所 平成2年(ネ)4256号 判決 1991年8月26日
控訴人(被告) 塚本商事株式会社
右代表者代表取締役 塚本清
右訴訟代理人弁護士 久保田穰
同 増井和夫
被控訴人(原告) 株式会社東京銀行
右代表者代表取締役 高垣佑
右訴訟代理人弁護士 平賀健太
同 宇田川忠彦
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一、控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
二、当事者双方の主張は、次に付加、訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1. 原判決三枚目裏二行目末尾に、次を加える。
「なお、上記被控訴人の定めた年一〇・五パーセントの損害金の料率は、第一勧銀が本件手形の買戻請求をするに当たり、損害金の料率として定め、その割合による損害金の支払を被控訴人に請求し、被控訴人がこれに応じたものと同率であり、これは、控訴人が本件手形の買取依頼の際に被控訴人に差し入れた銀行取引約定書(甲第一八号証)三条二項の定める遅延損害金の料率年一四パーセントを超えないものである。」
2. 同三枚目裏三行目冒頭から同六行目末尾までを、次のとおり改める。
「したがって、被控訴人は、約定書一五条二項二号に基づき、控訴人に対し、本件手形の買戻請求をしたことにより控訴人が負担するに至った本件手形の買戻義務の履行として、同号にいう『手形の代り金相当額』としての一七〇万米ドルの本件手形金相当額及びこれに対する右手形の満期の翌日である昭和六二年六月九日から支払済みに至るまで年一〇・五パーセントの割合(日割計算)による損害金の支払を請求することができるところ、被控訴人は、第一勧銀から手形金の支払を受けたのが同月一〇日であり、既にその間の二日分の金利相当額の支払を控訴人から受けたので、本訴請求により右手形相当金及びこれに対する昭和六二年六月一一日以降の右損害金の支払を求める。」
3. 同三枚目裏八行目の「請求原因1の事実のうち、」を次のとおり改める。
「請求原因1の事実は否認する。後述のように、被控訴人は、信用状の受益者であるコーネル・ジャパン株式会社(以下「コーネル・ジャパン」という。)の代理人となったものだからである。ただし、予備的に、本件取引を手形の売買と解するとすれば、」
4. 同四枚目裏末行から同六枚目裏一〇行目までを以下のとおり改める。
「三、主張
1. 控訴人と被控訴人との間の本件取引は、以下に述べるとおり、委任である。
(一) 控訴人は、被控訴人に対し、本件手形及び付属書類を交付した際、本件手形の振出人であり本件信用状の受益者であるコーネル・ジャパンが本件信用状の確認銀行である第一勧銀に書類を提出し、信用状所定の金額の支払を請求し、かつ、これを受領する事務につき、被控訴人がコーネル・ジャパンの代理人としてこれを遂行するよう委任し、被控訴人はこれを受任し、この契約を第三者である受益者コーネル・ジャパンが援用したことにより、被控訴人とコーネル・ジャパンとの間に右趣旨の委任契約が成立した。
(二) また、その際、右委任契約と重畳して、控訴人と被控訴人間において、被控訴人が右委任契約の委任の趣旨に従い、コーネル・ジャパンのために誠実に委任事務処理をするべき委任類似の契約が成立した。
(三) これにより、被控訴人は、控訴人に対して、右委任類似の契約の趣旨に従い、善良なる管理者の注意義務をもって委任事務を処理遂行する義務を負っていた。
2.(一) ところで、被控訴人は、右義務に違反し、(イ)本件手形記載の振出人名「コーネル・ジャパン・カンパニー・リミテッド」と本件信用状に記載の受益者名「コーネル・ジャパン・コーポレーション・リミテッド」との間に不一致があったのに、これを見逃し、その訂正を促す措置をとらず、(ロ)一旦被控訴人から控訴人に本件手形金の支払がされても、支払銀行(本件信用状発行銀行)が支払を拒絶した場合は、理由のいかんを問わず第一勧銀から被控訴人に対し右手形の買戻請求がされ、次いで被控訴人から控訴人に対しても理由のいかんを問わず右手形の買戻請求をされることになり、結局右の手形金支払が不確定なものであることを控訴人に告げず、(ハ)第一勧銀から商取引慣行によるとの漠たる理由で本件手形の買戻を求められ、その不当性を争わず安易にこれに応じ、(ニ)一旦、本件荷物積出人ハラバンから金員を取り返しておきながら控訴人に対して、二回にわたり支払を指示するなどして、右注意義務を怠った。
(二) したがって、控訴人は、被控訴人の右委任類似の契約に基づく注意義務違反により、結局、回収されなかったことになる本件手形金相当額の損害を被った。
(三) そこで、控訴人は、予備的に、本訴において右控訴人の損害賠償請求権を自働債権とし、被控訴人の本訴請求債権を受働債権として、その対当額で相殺する。
3. 仮に、本件取引が、被控訴人の主張するように本件手形の売買であるとしても、約定書一五条二項二号の「手形の代り金相当額の償還を請求された場合」における手形の買戻請求は、再買取先の被控訴人に対する償還請求が有効な場合に限り認められるところ、第一勧銀の被控訴人に対する本件償還請求は理由のないものであるから、本件買戻請求も許されない。
本件は、信用状取引であり、信用状の文言からいっても、また、信用状統一規則一条からいっても、信用状統一規則が適用になり、すべての関係当事者を拘束するところ、第一勧銀は信用状の確認銀行であり、善意の所持人である被控訴人の償還義務を免除して本件手形を買い取ったのであるから(信用状統一規則一〇条b項Ⅳ)、被控訴人に手形法上の償還請求をすることはできず、したがって、本件手形の買戻を請求することもできない。
次に、同銀行は、書類と信用状に不一致があることを理由に被控訴人に本件手形の買戻を請求しているが、書類が信用状の条件に合致していると判断して買い取った以上、後にその不一致を理由にして買戻を請求することは信義誠実の原則に反し、許されない。
さらに、同銀行は、本件信用状上の受益者であるコーネル・ジャパン・コーポレーション・リミテッドと本件手形の振出人であるコーネル・ジャパン・カンパニー・リミテッドとの間には不一致があるとしているが、右両者はいずれもコーネル・ジャパン株式会社の訳語であって、実質的な不一致はない。また、本件信用状の付属書類である船荷証券が、被控訴人主張のように偽造であるとしても、信用状統一規則上、このような事由は支払拒絶の理由とはならず、第一勧銀は被控訴人に対し、これを理由に本件手形の買戻請求をすることはできない。
4. 仮に、約定書一五条二項二号の「手形の代り金相当額の償還を請求された場合」というのが、理由の当否を問わず、とにかく償還請求を受けた場合と解するなら、当該条項は、契約当事者の一方にのみ有利となり、他方に対して不利になるから、公序良俗に違反し、無効である。
また、右約定書の当該条項の定めは、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)二条九項五号及び不公正な取引方法一四条三号に該当し、無効というべきである。すなわち、前記条項は、公正取引委員会の告示による「不公正な取引方法」の指定のうち、一四条三号の「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商習慣に照らして不当に、相手方に不利益になるように取引を設定し」たものとなるから、独禁法二条九項にいう「不公正な取引方法」に該当し、ひいては同法一九条に違反する。かかる場合、独禁法は、事業者が不公正な取引方法を用いたときは公正取引委員会による排除措置を定めているが(二〇条)、同法の精神に照らせば、公正取引委員会による行政的措置とは別に、そのような条項を設け、その履行を求める行為は無効であると解するを相当とするから、被控訴人主張の解釈による約定書の当該条項は、独禁法違反としても無効である。
したがって、右約定書の定めを根拠とする被控訴人の本件手形金相当額の支払を求める本訴請求は理由がない。
5. 控訴人は、被控訴人に対し、信用状に基づく第一勧銀への支払請求の委任ないし本件手形の買取を依頼するに際し、被控訴人に取引全般について指導、助言を求めたところ、被控訴人担当者はこれを承諾し、書類は充分審査すると述べ、書類の不備は訂正を促すなどした結果、信用状及び書類の形式に欠けるところはなく、取引は安全であると述べたので、控訴人はこれを信頼して取引に入ったのである。したがって、その後になって、被控訴人が控訴人に本件手形の買戻を請求することは信義誠実の原則に反し、許されない。
また、本件信用状における受益者の表示と本件手形及びその付属書類の作成名義人の表示との間にコーポレーションとカンパニーの相違があることが信用状条件不一致に該当するものとするならば、被控訴人及び第一勧銀は、それぞれ信用状または付属書類の記載の訂正をさせるための充分な時間的余裕があったのに、これを怠ったことによる過失がある。被控訴人の本訴請求は自らの過失に起因するものであるから、この点からも信義誠実の原則及び禁反言の法理に反し許されないものである。
6. 約定書八条四項なお書きの損害金の料率は被控訴人の一方的定めによるという規定は無効であるから、損害金の料率は年六分と見るべきである。
四、控訴人の主張に対する認否
1. 主張1の委任契約及び委任類似の契約成立の事実はいずれも否認する。被控訴人が委任契約のためコーネル・ジャパンの代理人となったことはない。控訴人と被控訴人間において成立したのは、約定書(甲第一号証)記載のとおりの内容の控訴人を売渡人、被控訴人を買取人とする本件手形の売買契約だけである。すなわち、被控訴人が第一勧銀に本件手形及びその付属書類を呈示し、手形金相当額の支払を求め、その支払を受けたのは、本件手形を控訴人から買い取った被控訴人が自己の名において第一勧銀に本件手形の再買取を求めたことによるものである。
2. 同2の事実のうち、相殺の意思表示のあったことは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人と被控訴人間に委任ないし委任類似の関係が生じたことはないから、これを前提とする控訴人の相殺の主張は理由がない。
3. 同3の事実のうち、本件信用状の受益者と本件手形の振出人の表示との間に控訴人主張の不一致があり、第一勧銀がこれを理由に被控訴人に本件手形の買戻しを請求したことは認め、その余は否認する。
4. 同4の主張は争う。右主張は、本件手形のような外国為替手形の銀行による買取が、商業手形の割引と同様に、銀行の取引に対する与信取引であることを無視する主張である。
5. 同5の事実は否認し、主張は争う。被控訴人及び第一勧銀は、いずれも本件手形を買い取ったものであって、信用状及び書類の訂正について控訴人が主張するような義務を負うべきいわれはない。」
三、証拠関係<省略>
理由
一、当裁判所も、一審以来控訴人の縷々主張するところを仔細に検討してみたが、結局、控訴人の主張はいずれも採用することができず、被控訴人の本訴請求は、正当として、これを認容すべきものと判断する。その理由は、当審における控訴人の主張の追加ないし変更に対応し、次のとおり付加、訂正するほか、これに反しない部分は、すべて原判決理由中に説示するとおりであるから、これを引用する(ただし、理由中に「抗弁」とあるは「控訴人の主張」と、右「抗弁」に続く「1」ないし「4」の数字は、それぞれ「3」ないし「6」と続み替えるものとする。)。
1. 本件取引の性格
控訴人は、原審において、本件取引が本件手形の売買であることを認め、ただその売主のみを争っていたが、当審において、右は本件手形の売買ではなく、被控訴人とコーネル・ジャパンとの間の委任契約及びこれと重畳的に成立した控訴人と被控訴人との間の委任類似の契約であると主張するに至った。しかしながら、前記引用の原判決が掲げる証拠(同判決七枚目表六行目から一〇行目)及び弁論の全趣旨によれば、やはり、本件取引は、控訴人と被控訴人との間の本件手形の売買であると認めざるをえず、これをその主張のような委任契約及び委任類似契約と解することは困難である。
すなわち、前掲甲第二号証(「手形買取依頼書《信用状付》」)によれば、控訴人は、昭和六二年六月八日被控訴人に対し、本件手形を付属書類とともに買い取ってくれるよう依頼し、被控訴人がこれに応じて右手形を買い取ったことが明記されている。また、右依頼書には、控訴人が被控訴人に対し「別途貴行に差し入れた包括担保契約書に記載された諸規定に従い貴行に対し責任を負うことに合意しかつ約定する。」とあり、前掲甲第一号証によれば、控訴人は、これに先立つ同月五日「外国向為替手形取引約定書」を被控訴人に差入れていることが明らかである。この文書は、手形の買取という場合は、すべてこれが手形の売買であることを前提としており、そこには委任を推認させる記載はない。また、控訴人は、事実、本件手形及び付属書類を被控訴人に交付するのと引き替えに、被控訴人からその対価の支払を受けていること弁論の全趣旨から明らかであるから、さらにその先、被控訴人が控訴人あるいはコーネル・ジャパンのため何らかの事務を処理する義務を負うものとするのは理に反する。
また、前示引用の原判決が認定するように、被控訴人は、自己の名で、買取依頼人である控訴人から本件手形を買い取り、さらに自己の名で第一勧銀にこれを再売買したものと認められるのであって、右売買とは別に、本件手形の振出人であり本件信用状の受益者であるコーネル・ジャパンの代理人となって、被控訴人自らとの間で、控訴人主張の委任契約を締結したものとは認め難い。
なお、控訴人は、本件信用状が信用状統一規則五四条に定める譲渡可能信用状でないから、第一勧銀に本件手形の買取を求める被控訴人の地位は、本件信用状の受益者であるコーネル・ジャパンの代理人でしかありえない旨主張するが、同規則五五条によれば、信用状に譲渡可能が明記されていないという事実は、「信用状の受益者が権利を有するか、または権利を有することになるすべての代り金」、すなわち、受益者が信用状に基づき信用状所定金額の支払を受けることのできる権利を、「適用可能な法の規定に従って譲渡するその受益者の権利に影響を及ぼすものではない」から、本件における控訴人のように、受益者でない者が自己の名において銀行等に手形を譲渡し、買受代金の支払を受けることを妨げるものではない。
そして、他に控訴人主張のような委任契約及び委任類似契約の成立を認めるに足りる証拠はない。
そうすると、コーネル・ジャパンと被控訴人間に委任契約が、また控訴人と被控訴人間に委任類似の契約関係が成立したとする控訴人の主張は採用するに由なく、その成立を前提とする控訴人の相殺の主張は、その余の点を判断するまでもなく失当であり、これを採用することができない。
2. 約定書の趣旨
控訴人は、約定書一五条二項二号の定めは、同条項にいう「手形の代り金相当額の償還を請求された場合」が、その理由の当否を問わず、ともかく「償還請求を受けたすべての場合」と解すべきではなく、その償還請求が理由のある場合に限られると解すべきであると主張する。
しかしながら、原判決も判示するとおり、手形の買取は、銀行の買取依頼人に対する与信の一種であって、銀行においてもし買取った手形の回収あるいは再売買によって得た対価を確保できない恐れが生じた場合は、右手形をその買取依頼人に買戻してもらうことにしておかなければ、銀行としては安心して手形の買取ができない。請求による手形の買戻の制度は、予め約定により、このような事態の生じたときは、銀行からの一方的請求により手形の再売買を成立させることを定めたものであるから、手形の買取銀行が再買取銀行から「手形の代り金相当額の償還を請求された場合」は、その請求が法律上根拠があるか否か、あるいはそれが正当か否かを問うことなく、買取依頼人にその買戻を請求できるものと解すべきである。
もとより、このような約定は、正常な銀行取引を前提としているものであるから、控訴人が想定するように、何の理由もないのに銀行が恣意的に償還を請求するような場合には、この約定を働かす必要はないであろうが、そのような常軌を逸した権利濫用等その適用を排除しうる特段の事情のある場合には、その利益を受けようとする当事者において、その事情を主張立証してその効果を免れれば足りるのである。
事実、本件の場合には、原判決認定のとおり、本件信用状の発行銀行であるBCCが、信用状の定める受益者の表示と本件手形及びその付属書類である商業送り状の作成名義人の表示との間に不一致があるとして本件手形の支払を拒絶し、第一勧銀も、これを受けて、被控訴人に対し、BCCによる本件手形の支払拒絶を理由に、本件手形の買戻を求めてきたのであり、加えて、原審証人土持和男の証言及び同証言により成立が認められる甲第一四号証の一ないし三によれば、右付属書類の一つである船荷証券が偽造であることが判明し、これが買戻の理由とされたことが明らかである。そうであれば、第一勧銀に対し、右手形の支払義務者(信用状発行銀行)による手形金の支払につき担保責任を負う被控訴人としては、銀行間の商慣習に基づき、同銀行からの本件手形の買戻請求に応じなければならなかったことも当然と認められるのであり、かかる事態のもとで、被控訴人が右手形について債権保全の必要があると判断して、本件約定に基づき、控訴人に対し、本件手形の買戻を請求したのは理由のないことではない。
控訴人は、この場合でも、被控訴人としては第一勧銀の買戻請求が理由のないものであることを主張し、必要とあらば訴訟手続においてこれを明確にすべきであると主張する如くであるが、そういうことになれば、手形の買取銀行の負担は極めて大となり、それだけ手形の買取は慎重にならざるをえないから、却って取引の円滑を損ねることになりかねない。右約定は、その文言からしても、買取依頼人に手形の買戻を求めるに当たり、買取銀行にそこまでは要求しないことを明確にし、その代りに、手形の買取を容易にしたものと解することができる。
したがって、この点に関する控訴人の主張は採用することができない。
3. 公序良俗違反、独禁法違反について
控訴人は、前記約定書の条項を前記のように解するならば、右条項は、契約当事者の一方にのみ有利となり、他方に対して不利となるから、公序良俗に違反し無効であると主張する。しかしながら、外国為替手形の銀行による買取は、商業手形の割引と同様、銀行による取引先に対する与信行為の一種であり、買取をするか否かは買取依頼人の信用に依存しているものであるから、銀行が手形の代り金相当額の償還を請求され、支払義務者から回収した手形金の確保に不安が生じた場合に、与信の相手方である買取依頼人に手形の買戻を請求できる旨予め約定において定めたからといって、これが一方当事者のみに有利で、他方に不利な規定とはいい難く、したがって、これが公序良俗に反するものということはできない。
控訴人は、また、これを独禁法に違反し無効ともいうが、右手形の買取及び請求による手形の買戻の約定の趣旨が前記のようなものである以上、右約定をもって、「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商習慣に照らして不当に、相手方に不利益になるように取引を設定し」たものということはできず、もとよりこれを無効とみることはできない。したがって、控訴人の右主張も採用することができない。
4. 信義則違反、禁反言について
控訴人は、本件取引に当たり、控訴人担当者が被控訴人に取引全般について指導、助言を求めたところ、被控訴人担当者がこれを承諾し、書類の形式に欠けるところはなく、取引は安全であると述べたので、控訴人はこれを信頼して取引に入ったものであり、後にこれに反した主張をすることは禁反言の原則に違反し、信義誠実の原則からも許されないと主張する。
確かに、先に引用した原判決も判示するとおり(原判決一二枚目裏五行目から一一行目まで)、控訴人の担当者が本件手形の買取を依頼するに当たり、被控訴人の担当者に対し、書類作成の要領等手続上の問題について助言を求め、被控訴人担当者が、これに応じて、種々便宜を図ったこと、その後、被控訴人が控訴人から交付された書類を審査し、形式上の不一致がないと判断して本件手形を買い取ったことは、所掲の証拠からこれを認めることができる。
しかしながら、右は、被控訴人が銀行として本件手形を買い取るに当たり、手形の買取依頼人に対し、その担当者が手続に必要な助言を行ったに過ぎず、取引の安全を保証する趣旨でなかったことは、右取引の性質及び両当事者間に交わされた前記の約定の趣旨に照らして明らかである。また、被控訴人が書類に形式上の不一致がないと判断したのも、自己がこれを買い取っても安全かどうかを確かめる必要から行ったことであって、控訴人のため書類の不一致の有無を確認し、違っていれば訂正を指示するためにしたものではない。また、その判断が支払銀行の判断と異なる結果となった場合に、控訴人の約定に基づく責任を軽減ないし免除するものでないことも、右確認の趣旨に照らして明らかである。
そうであれば、被控訴人の担当者の発言をとらえて禁反言の原則の適用をいう控訴人の主張は採用することができない。また、書類上の不一致はないとした被控訴人の判断の過失をいい、あるいは、控訴人に書類の訂正を指示しなかったことを被控訴人の義務違反という控訴人の主張もまた理由がない。
なお、本件取引の経過を顧みると、その応接に当たった被控訴人の担当者も、当時、後に本件のような事態が生ずることは全く予想しておらず、また、予想できる状態にもなかったのである。そのことは、前掲証拠及び弁論の全趣旨から容易に推察できる。そうであるからこそ、原本の存在及びその成立について争いのない乙第一二号証が示すように、被控訴人は、第一勧銀の本件手形に関する償還請求に対し、当初は、「発行銀行の不払の理由は実害が全く考えられないところのいわば発行銀行の権利の濫用にもとづく信義則に反したもの」であり、「信用状条件不一致の書類と引き換えに確認銀行の債務を履行した立場にある貴行が、かかる信義則に反する不払に対して何等の抗弁もすることなく一方的に償還を要請されることは誠に遺憾」として、償還要請を拒否したのであって、無為無策のまま、直ちに控訴人に対して償還請求の挙に出たものではない。しかし、その後の折衝により、書類の形式的不一致に加え、付属書類の一つである船荷証券の偽造が発覚するに及び、支払銀行であるBCCの支払拒絶を不当として争うことが困難であることが判明したため、被控訴人も第一勧銀の償還請求を受けざるをえなくなり、ひいては約定に従って控訴人にもその償還を請求するに至ったのである。そのことは、弁論の全趣旨から明らかである。
このような経緯に照らせば、被控訴人が買取手形の対価を確保するために、約定に基づいて控訴人に対し、本件手形の買戻を請求したことは、銀行としてやむをえない措置であって、これを信義則に反する行為とすることはできない。控訴人は、種々事由を挙げて本訴請求が信義則に反する旨主張するが、以上の経緯に鑑みればすべて理由がなく、採用することができない。
二、以上の次第であるから、被控訴人が第一勧銀より本件手形の代り金相当額を償還請求され右買戻に応じたうえ、本件約定書一五条二項二号に基づき、本訴状により控訴人に対して本件手形の買戻を請求したことにより、控訴人が被控訴人に対して負担するに至った本件手形金相当額及びこれに対する被控訴人の定めた年一〇・五パーセントの割合による損害金(ただし、右手形の満期の翌日である昭和六二年六月九日及び一〇日を除く、同月一一日から支払済みに至るまでの分)の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。
三、よって、本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 伊藤瑩子 近藤壽邦)